発端は2016年11月。富士吉田市が歯科医の大月佳代子さん（63）をパワハラと診療拒否を理由に懲戒免職処分にしたことだった。大月さんは「処分は不当」として提訴。最高裁は20年6月に市側の上告を受理せず、免職処分を取り消した東京高裁判決が確定した。

　今年1月、大月さんは復帰した。ところが、以前使っていた診療室は解体され、看護師や事務スタッフは配置されていなかった。大月さんによる治療を求める市民がいたことから、大月さんは2月以降、忍野村で開業している歯科医の施設を借りて診療。市立病院の歯科医が民間施設で働く異例の状態が約3カ月続いた。

　この間、大月さんのもとに訪れた患者は23人いたといい、診療スペースを提供した男性歯科医は「治療は緊急を要する。市立病院には患者を最優先にする対応をとってほしかった」と振り返る。

　大月さんは判決確定から約1年4カ月後の10月上旬、市立病院での診療を再開。病院側は約200点の医療機器を新たに購入した。一方で、市は大月さんの免職処分後、新たに別の歯科医による診療体制をつくっていた。このため、病院には大月さんが診療する「歯科口腔（こうくう）外科」と別の歯科医がいる「口腔外科」の二つが並び、利用する市民にとって分かりづらい状況になっている。

　しこりも残る。大月さんの免職処分を取り消す判決が確定した後、堀内茂市長は定例の記者会見で「謝罪する気持ちは毛頭ない」「処分理由は実際にはあった」と発言。パワハラなどが認められる証拠はないとした司法判断と、市側の受け止めにずれが生じる形に。大月さんは「名誉が毀損（きそん）された」として新たに提訴し、甲府地裁で審理が続いている。

　この訴訟で市側は「市長は従前の見解を繰り返したに過ぎず、（大月さんの）社会的地位を新たに低下させるものとはいえない」と主張している。また、大月さんの復帰が遅れたことについて、「訴訟期間中に病院の経営方針が変化し、職場環境を完全にリセットすることは不可能」などと説明している。

　問題発生から約5年。堀内市長は会見で「一番大切なのは市民」と強調し、大月さんも取材に「患者さんに向き合って治療に専念したい」と語る。立場や主張が違っても、めざす先に大きな隔たりはないはずだ。市民、そして患者の目線に立ち、双方の思いが交わる日がくることに期待したい。

富士吉田市立病院をめぐる歯科医師の職場復帰までの経緯

2013年3月　市立病院に歯科口腔外科開設

　　　16年7月　地元歯科医師会長が「診療拒否」があったとして改善を市長に要望

　　　　　11月　市が大月佳代子歯科医を診療拒否やパワハラを理由に懲戒免職処分。樫本温前院長を監督責任を理由に解職

　　　　　12月　大月歯科医と前院長が処分取り消しを求め、甲府地裁にそれぞれ提訴

　　　19年1月　甲府地裁で一括審理され、共に市が敗訴

　　　　　2月　2者の訴訟で市が東京高裁に控訴

　　　　　10月　大月歯科医の控訴審で、高裁が控訴を棄却

　　　20年6月　大月歯科医の上告審で最高裁が上告を受理せず、処分を取り消した高裁判決が確定

　　　　　12月　樫本前院長の控訴審で、高裁が控訴を棄却

　　　21年7月　樫本前院長の上告審で最高裁が上告を受理せず、処分を取り消した高裁判決が確定

　　　21年10月　市立病院で大月歯科医の診療が再開される