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脳障害の51歳、病死前日「自宅売却契約」 遺族が不動産会社提訴へ
重度の脳障害で判断力を欠いていた男性が病死する前日、自宅の売却契約を不当に結ばされたとして、男性の遺族は7日、大阪市浪速区の不動産会社と会社代表に2150万円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こす。男性は認知機能の低下で自立生活が困難だったとされ、遺族側は「弱みにつけこんだ契約は無効だ」と主張している。
男性は大阪市東成区の3階建て住宅を所有していた無職の柳発秀(はつひで)さん(当時51歳)で、6月下旬に消化管の出血で急死した。妻子はなく、家族とも疎遠で1人暮らしだった。
訴状などによると、柳さんは2017年5月、交通事故の後遺症で高次脳機能障害と診断された。記憶力と認知機能の低下で働くことができなくなり、生活資金の援助を受けられる精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた。
事故後は大阪市内の就労支援施設に通っていたが、21年秋ごろから連絡が取れなくなった。施設のスタッフが安否確認で自宅を訪ねると、柳さんは会話が難しい状態で、室内にはごみが散乱していた。支援に入った社会福祉協議会の職員が22年6月下旬、一緒に医療機関に行くことを提案したが、柳さんは「もういい」と繰り返すだけだった。
柳さんは6月29日、大阪市西淀川区の集合住宅の一室で倒れているのが発見され、救急搬送された病院で死亡した。
警察から連絡を受けた兄の南秀(なんしゅう)さん(56)は集合住宅への転居を不審に思い、認知症の母親の後見人を務める弁護士と調査。その結果、柳さんは2200万円で東成区の自宅を売却する契約を不動産会社と結び、明け渡していた。契約日は死亡の前日だった。この1カ月後、自宅は別会社に2150万円で転売されていたことも明らかになった。
柳さんが不動産会社と接点を持った詳しい経緯は今も分かっていない。遺族側は遺品に契約書の原本や実印が存在せず、売却代金が入金された形跡もないと指摘。「認知機能が低下していた柳さんが契約内容を理解できたとは言えない」と訴え、転売代金と同額の賠償を請求する。
一方、遺族側によると、不動産会社側は代金の未払いを認める一方、同社役員が柳さんに2200万円を貸していたとする借用書を提示。返済されなかったため、売買代金で相殺したと反論したという。
南秀さんは「自分が弟の面倒を見ていればトラブルに巻き込まれなかったと後悔している」と話した。不動産会社の代表に取材を申し込んだが、現段階で回答はない。【郡悠介】
「孤立させない支援必要」
障害や認知症で判断力が十分ではない人が、不当な契約に巻き込まれるケースは後を絶たない。専門家は「トラブルを防ぐには福祉団体や行政、家族が連携し、当事者を孤立させない支援が欠かせない」と話す。
消費者庁は2018年、障害を抱えた人に消費トラブルに遭った経験や普段の買い物方法を尋ねた初のアンケート調査の結果を公表した。徳島、岡山両県の障害者施設の協力で約1900人から回答を得た結果、何らかの消費トラブルを経験していた人の割合は、精神障害者37・2%、知的障害者20・3%、発達障害者27%に上っていた。
高額な現金が動く不動産売買では法廷闘争に発展することもある。認知症を患った高齢者らが土地や建物を売却した契約について、判断力の欠如を理由に無効にする司法判断も複数出されている。20年の改正民法では、意思表示できない人の契約を無効にできる規定が明文化された。
国は障害や認知症で判断力が衰えた人を不当な契約などから守るには、弁護士らが財産管理や福祉サービスの手続きを代行する「成年後見制度」の普及が必要との方針を打ち出す。ただ、制度の認知度の低さなどを背景に利用は伸び悩んでいる。
障害者問題に詳しい辻川圭乃(たまの)弁護士(大阪弁護士会)は「家族と疎遠で独居生活を送っている人も多い中、国は必要な支援が行き届く仕組みに見直し、対策を充実させるべきだ」と指摘した。【郡悠介】
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